都会の余計者

20450 ■無題

>(18歳未満の方が会員サービスをご利用になる場合には、親権者の方に事前にご承諾いただき、ご一緒にご利用ください。)
>13.弊社は、理由の如何を問わず、会員に事前の通知・催告をすることなく、会員サービスに関して、内容の一部又は全部の変更、提供頻度の変更、休止、廃止をすることができるものとします。但し、サービスの全てを廃止する場合には、弊社が適当と判断する方法で、事前に会員にその旨を通知もしくは本サイト又は会員専用ページ上で告知するものとします。
>第15条(免責)
>6.弊社は、本サービスの停止又は中止、終了、サービス内容の変更によって受ける損害について、賠償する義務を一切負わないものとします。


①登録した以上、貴方は上記の規約に同意した事になります。
②また、登録には親権者の同意が必要な為、子供だから理解できなかった、等は理由になりません。
③つまり、損害賠償請求は行えません。




さっさと退会しろ

deli-hell-me:

Twitter / @PatriotNwes: ある小学生が描いた「人権ポスター」。私は秀逸だと思っ …
ある小学生が描いた「人権ポスター」。私は秀逸だと思ったのですが、先生の評判はいたく悪かったようで、これ以降、この生徒は「バカ」とか「うるさい」と担任に罵倒される日が多くなりました。この生徒の人権は認められなかったようです。(@PatriotNwes)

deli-hell-me:

Twitter / @PatriotNwes: ある小学生が描いた「人権ポスター」。私は秀逸だと思っ …

ある小学生が描いた「人権ポスター」。私は秀逸だと思ったのですが、先生の評判はいたく悪かったようで、これ以降、この生徒は「バカ」とか「うるさい」と担任に罵倒される日が多くなりました。この生徒の人権は認められなかったようです。(@PatriotNwes)

「愛しているなら私のために死んで!」「文句があるなら、別れたらいいじゃない!」「あたしが初めての彼女じゃないの!?サイテー!」「一日15時間以上あたしと一緒にいて!あたしに尽くして!」・・これ漫画じゃないんですよ。日本企業なんです。

Twitter / はる (via irregular-expression) (via mcsgsym)

2010-08-05

(via gkojaz)

(via tataraseitetsu) (via pcatan) (via joker1007) (via tez600)

(via nakazyo) (via goodmorning)

(via tamariba) (via yaruo) (via nobby0-0) (via sierra7) (via mtag)

miro-cherry:

AKBというのは、ファンを酔わせるタイプというよりも、マスコミを酔わせるタイプのアイドルに見えます。

「秋葉原の劇場でファンとふれあい、インターネットで火がつき、テレビという表の舞台に上り詰めてきた」というAKBのストーリーは、いかにも20世紀的な文脈での「ネット時代のアイドル」です。

そこではネットはオマケであり、あいも変わらずマスコミが頂点に君臨しています。それはまさに、90年代の終わりごろにマスコミが描いていた未来、大衆とマスコミをより強固に結びつける手段としてのネットに期待した、ネットとマスコミの融合そのものなのです。

「ひとり電通」プロデューサー氏は、そんなマスコミの欲する幻想をそのまま形にして世に送り出し、それにマスコミはとびつき、大衆を踊らせるイコンに祭り上げました。

しかし大衆は思うように踊りません。ドラマはコケ、映画はコケし、売れるのは握手券ばかり。ブームといえば確かにブームのようですが、過去のブームとは何かが違います。

大衆を踊らせられないブームは、走らない車と同じです。自らを元気にしてくれる幻想にしがみつくマスコミは、握手券をまとめ買いするファンとなんら変わらないのです。

全く同感。映画やドラマがヒットしないAKBの「人気」も韓流と似たようなモノだと思う。

今までニートとか、派遣とか馬鹿にして笑い者にして、自己責任だの、甘えだの、
クズだのゴミだのと叩いて、
勝手に飢え死にさせとけとか残酷なことばかり吐き捨ててたけど、
それらの行為の報いは全部自国、ひいては自分の企業、自分の生活に跳ね返ってくるんだよね。
それに国民はおろか、為政者すら気付いてない。

本来なら、「お願いしてでも」20~40代なんて安定雇用で「全員」が働いて「頂いて」、
結婚してもらって子供最低2人以上、出来れば3人、4人と産んでもらわないと困るのに、
その現役世代が、最初の就職ごときですら悲壮感漂わせながら必死に
求職活動しないといけなくて、つまずくような社会にしてしまった。
そして一度つまずいたら二度と戻れない社会を、弱者を馬鹿にしてそのまま放置してきた。
現役世代に金の不安を与えたら、それが非婚化・少子化に直結するのは当たり前のこと。
本当にバカだよ。

社会全体でニートだ派遣だと弱い男性を笑い者にして、クズ扱いして、
「こんな人間誰が採るよw」とかいって余裕ぶっこいてた会社員様が、
超少子高齢化・人口減少による内需の縮小で
自分の所属してる企業が大赤字で潰れる。そして年金も破たんし国ごと崩壊。
今自分がこの日本と言う豊かな国で、豊かなインフラで、幸せに生活で来てるのは、
「どこかの他人が子供を作ってくれて、その国力によって維持されてる」ものなのに。
昔の為政者はそれが分かってた。
「全員揃って豊かにならないと、国は決して繁栄しない」ことを知ってた。だから底辺を見捨てなかった。

「自分だけ金持ちでいられる」なんてそんな虫のいい話はないんだよね。
金持ちになるには、庶民に自分とこの商品を買ってもらってなんぼなんだから。
その庶民をないがしろにして、子供産めないような状況になっても「自己責任」「努力不足」と吐き捨ててたら、
自分とこの商品買ってくれる人がいなくなるのは当たり前のこと。
それで今、超一流企業様の自動車産業すら危機に貧してるからね。

安泰と思ってた自分の企業が、その報いを一身に受けて潰れる日が来るなんて夢にも思ってないんだろうね。
人を大事にしなかった国は滅びる。弱者を馬鹿にして見捨てた報いは全て自分に返ってくる。
因果応報。

バラカン:本を読んだ人が面白いと思ったら、「Amazon」や「Twitter」や「Facebook」に書き込みますよね。それが口コミになっていく。でも、それが「やらせ」だったら、あまり広まらない。あるとき、タワーレコードのバイヤーたちがお薦めのカードを手書きで作ったら、それがものすごく売り上げにつながることが分かったらしいんです。ただ、それをレコード会社が真似をして、宣伝マンがそのカードを手書きで作ってみたら、途端に効かなくなっちゃった。

―― 目に浮かぶようです。

バラカン:面白いでしょう。“本物”じゃないのは、分かるんです。インターネットでも、ファンが書き込んだかのように見せてマーケティング担当者が書いているような、ステルスマーケティングは、そのうち気付かれて、それこそ興ざめして逆効果になる。そういうことはやめた方がいいと思う。やるだけ損ですよ。

あらゆる「本当っぽいこと」を一度は疑ってみよう。「デマこいてんじゃねえ」と言ってみよう。そういう訓練を積まなければ、常識にとらわれない柔軟な視点は育たない。相手の反論を受け止める余裕も生まれない。

実は、失敗したときの行動は日本人とロシア人とでは違うのです。


日本だったら、まず「申し訳ありません」と謝ることになるでしょう。そして、この「謝る」というステップが済んで初めて失敗に至った経緯をまとめたり、今後の進め方を検討したりするステップにうつると思います。

 
ところが、ロシア人の行動は違います。謝りの言葉を言わないか、さらっと言う程度。そして失敗に至ってしまった経緯からいきなり述べ始めます。そして、日本人はロシア人のそういう行動について「また言い訳をしている」と決まって怒ってしまいます。


 そういう場面の通訳をするとき、タチアナはいつも困ります。なぜならば、ロシア人がしゃべり出したとたんに日本人の上司の反応を予測できてしまうからです。「だらだらしゃべってないで、さっさと謝ればいいのに」と心の中で叫んでいます。

しかし、私はあくまでも通訳。人の言葉を訳すしかありません。そして、案の定上司は怒ってしまいます。しかし、そういう場合って、通訳として本当にそのまま部下の言葉を訳していいのだろうか、と実は非常に疑問です。というのは、このような場合は文化の違いがあってロシア人は日本人のような行動はそもそもとれないのです。


では、もし、失敗したロシア人は日本人のようにизвините пожалуйстаなどの謝る言葉を並べた場合はロシア人同士でその行動がどう映るのだろうか?


実は、日本とは違って、ロシア人上司はその行動を当たり前だと思ったりなんかしません。むしろ、ひたすら謝る部下を「頼りない」と思うのです。なぜならば、部下が謝ったところで問題が解決しないからです。だから、上司として何より先に聞きたいのは、失敗の理由とこれからの計画なのです。そういう話をしている中で「すみません」に当たるロシア語も出てくるかもしれませんけれども、それはあくまでも説明の一部であって、日本のように「まず謝る」という「個別のステップ」はありません。こうして同じ場面でも日本とロシアとでは違う行動が求められるわけです。

俺は、某所で安い賃金でこき使われる多重派遣が一番安いうどんすすってる横で、春闘のたすき掛けた組合員がマイホームだのゴルフだの車だの話をしてた光景は多分一生忘れない。格差社会の最前線をみた
愛社精神だのチームワークだの言われているものの正体は、経営的な手法でも何でもなくて、 ムラ社会の副産物の一つにすぎない。